カテゴリー「レビュー」の記事

2009年9月 4日 (金)

ちょっとましな本屋

今日は,京都駅前のちょっとましな本屋に行きまして,
平台にて例の「1968」を見つけて,立ち読みしてきました。
厚い本で開いた痕跡が残りそうだったので,大きくは開きませんでしたが (^ ^;;
まわりに同じような「1968」本が何冊か置いてありました。

小熊英二さんは,『論座』2007年11月号「現代の連帯」という特集の「戦後日本の社会運動」という文--書棚にて確認--で接したのが初めてでした。「塩辛い左翼」などという言い回しが興味をそそられました。それからちょっと気にしていました。ですが,今回の「1968」上下二冊は,退職金をもらってからでないと買えそうもない値段なので,とりあえず市の図書館にリクエストを出してきました (^o^)

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2008年1月17日 (木)

労働政策の政治課題と,民主政治の政治課題

■ このメモは,『格差社会にいどむユニオン』(木下武男),7章「福祉国家戦略と労働政治の展開」の中から,「日本における福祉国家戦略と労働政治のあり方」(217~224ページ)の要点と,触発をうけて考えたことです。

■ この本では,著者は,労働運動を政治闘争と経済闘争に分けてしまう不正確さを批判している。ともに,対政府の課題で共通しているが,労働組合においては,次の二つを区別すべきであると主張している。
①労働と生活の固有の領域にもとづく社会政策・社会保障分野……法律制定のための労働組合の本来的な課題。
②一般的な国民的政治課題……個々人の政治的見解・信条に従って取り組むべき政治運動。

■ 以下は,自分の読みかえということで,もう少し,簡潔に用語を整理すると,以下のように表すことができるのではないか。

①働く者に関わる「労働政策の課題」。
労働組合の本来的な課題。運動上では,政党やナショナル・センターと適切な協力,共同の関係をつくることが求められる。

②全国民に関わる「民主政治の課題」。
 組合員個人の政治信条に従うべき課題。

■ 働く者に関わる「労働政策の課題」が,労働組合の本来的な政治課題である。ただし,国民的な課題として,公益性を訴えて闘わないと,運動は前進しないだろうが。
[例]
・パート労働法,均等待遇
・労働者派遣法,日雇い派遣の禁止,ピンハネ率の公開
・男女共同参画社会基本法,
 アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)の実現
・男女雇用機会均等法,間接差別の是正,罰則強化
・労働基準法,労働時間規制の実現
・ILO諸条約の早期,完全批准

■ 全国民に関わる「民主政治の課題」は,全国民的な政治課題である。
[例]
・テロ特措法
・教育基本法改悪
・改憲手続き法
・盗聴法
・メディア規制法制
・有事法制

■ 全国民に関わる「民主政治の課題」は,労働運動の第一の課題ではない。ただし,出版労連の場合は,こちらの「民主政治の課題」に対する取り組みがいつもひじょうに目立っている。運動は評価されるが,現状では,その活動が突出していることによって,誤解も受けやすい。労連中執は,運動全体からみて,いろいろな課題のバランスをとる必要がある。とりわけ「労働政策の課題」との関係では,バランスが求められていると思う。

■ 他の単産に比べて出版労連において,「民主政治の課題」に関する取り組みがさかんになるのには,特別の理由があると思われる。それは,

①平和と民主主義,言論・出版・表現の自由が,出版産業の基礎となっている。

②出版労連の活動家には,出版産業の中心部にいて,文化的資源を豊富に有しているインテリ層(知識人層)が多い。

③教科書労働者(教科書共闘)が,検定を通じて,直接,文科省と対決している。教科書問題に関する課題は,出版労連の重要課題となっている。

④目指していたナショナル・センターに加入できなかったトラウマ(心的外傷),劣等感を有する。そのため,本来ナショナル・センターが行うような活動まで引き受けている面がある。

■ 基本的に確認すべき点は,
「どんな政治課題もすべて,一般組合員の自主的,自発的な参加を基本としなければならない」
ということに尽きる。これは,労働組合の活動全般について言えることであるが,「民主主義の課題」については,とりわけ厳格でなければならい。

■ ただし,政治課題への取り組みは,労働組合の組織形態によって,共通する困難がある。

①個人加盟ユニオン…組合員で討議する場がつくりにくい。

②ユニオン・ショップの組合…組合への加入という第一段階が自主的でない。

③企業別組合…経営者を相手にすることが中心になりがちで,目が外に向きにくい。その結果,特定の人(特定の組合)の活動になりがちな場合が多い。

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2008年1月 1日 (火)

企業から独立したところに団結の拠点を置く運動

■ 以下は,『格差社会にいどむユニオン』(木下武男),9章「企業主義的統合と労働運動の跛行的展開」の中から,「労働運動側の企業別労働組合主義」に関する引用(303~304ページ)と,感想です。

■ 著者は,大企業において少数派に転落した第一組合などの運動の歴史に関連し,労働運動側の企業別労働組合主義を批判して,次のように展開しています。

(1) 問題は
・主体の側が少数であることを自己認識することであった。

(2) 必要なことは
・少数であることを前提にして企業意識から身を離した集団を形成する。
・企業主義的な統合から自立した集団の企業横断的な連帯を築いていく。
・中小零細企業労働者や非正規労働者の広大な「周辺」に新しい労働組合を築く。

■ ところで,私たちは,企業別の文英堂労働組合,中央図書出版社労働組合において,長期間,企業内少数派を強いられてきたなかで,2004年に個人加盟の「出版情報関連ユニオン京都支部(出版ユニオン京都)」に移行しました。出版労連の中で,個人加盟労組を拡大していく方針があることが分かり,とびついたような感じです。現在でも,労使関係が正常でないまま企業内少数派になっている組合は,少なくないと思います。また,かりにその企業内において多数派を形成しているとしても,出版労連に加盟している組合員は,全出版労働者の中では,少数派でしかありません。

■ 今後,私たちユニオンの仲間の拡大のためには,労働者の階層格差の拡大,労働社会の現状に対応して,出版産業(と情報産業)の二重構造を明確化し,下層の労働者を「視覚化」する作業が,とくに求められています。具体的には,個人事業主はネッツへ,下請編集プロダクションや極小版元に雇われている労働者はユニオンへという旗印を明確にして,その層に個人加盟の労働組合の意義を宣伝していくことです。

 これからの出版労連は,大手版元の正社員ではなくて,そうした層に使われてきた零細な(非正規,低賃金,低労働条件の)組合員(ネッツとユニオンに加入)が中心となるでしょう。私たちの個人加盟ユニオンは,そういう形で「イメージ化」できるはずです。

 このように「視覚化」され「対象化」された部分に対して宣伝をしていくこと,そこに出版労連・地協をふくめた総合的な力を集中していくことが必要です。それによって,ユニオンと出版労連の将来的なイメージが結実していくのではないでしょうか。

■ 出版ユニオン京都に戻りますが,私たちは,2004年の結成総会の中で,個人加盟労組への移行の意味を次のようにまとめています。この道が労働組合と出版労連の未来につながる道であることを,改めて確信しています。

■個人加盟労組への移行の意味

・労働条件の向上は,労働組合の最大の課題ですが,企業別組合の「追いつけ追い越せ」型の運動では,実現しにくくなっています。それは,私たちのまわりにいる多数の未組織の人たちが,もっと低い労働条件を押し付けられている結果です。労働基準法すら守られない職場も珍しくありません。

・そうした状況では,現在の私たちの労働条件は,「恵まれた企業内の恵まれた労働条件」になっていて,普遍性を持ち得ていません。日本の労働組合の組織率が,全体として20%を割っている現状では,労使協調という特別の存在意義をもっている組合以外は,ますます存在意義に疑問符をつきつけられると思われます。

・全体的な労働条件を底上げしていくには,企業別の労働組合だけの運動では限界があります。運動の拠点と視点を企業のワクの外におき,企業内の労働条件向上にとどまらない運動をめざすことが求められています。社会的な労働条件に目を向け,労働組合の新たな発展,活性化をめざしていきましょう。

・私たちは,今後,企業から独立したところに団結の拠点を置き,企業内の労働条件向上にとどまらない運動,組織を企業に依存しない労働組合運動をすすめていきましょう。

・京都では,全印総連,その個人加盟組織との共同の闘いに道を開き,京都における恒常的な共闘組織を実現させていきましょう。

・私たちの職場との関係では,労働組合員の状況に合わせ,今後の組合活動をスムーズに進めること,労働者の権利と生活を守る運動の中心的存在を確保していくこと,新しく組合に入ってくる人の負担を重くしないこと,などが求められています。このようにして,運動を継続させ,職場における私たちの影響力を確保していきましょう。

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2007年12月23日 (日)

労働組合の新しい組織文化

 以下は,『格差社会にいどむユニオン』,6章「新ユニオン運動の提唱」の中から,「労働組合の新しい組織文化」に関する引用(168~169ページ)と,僕の感想です。

引用(1)***
 企業別組合はこの企業の中の年功制のピラミッド構造を組織に組み込んでいる。したがってジェネレーション・ギャップと女性差別は労働組合の中に内包され,固定化されているといえるだろう。
***

 先日の関西プレ春闘討論集会のアンケートで,企業内組合におけるジェネレーション・ギャップをとりあげた項目がありました。僕は発言の中で,この部分を紹介して発言しましたが,どのように受けとめられたのかは,分かりません。

 そして,女性差別もまた,これまでの労働組合の中に内包されているという指摘も当を得ていると思います。そういう問題の実例として思い当たることが,複数あります。

 朝の始業前に,女性(組合員)に自分のお茶を持ってこさせたりする組合の例も,聞いたことがあります。労働組合の中で問題にならないのが,不思議だと,僕の仲間の間では話してきましたが,組合(員)のなかに女性差別が内包されている結果だとすれば,納得できる事態です。

 私たちのユニオンに女性組合員が多く\(^O^)/,女性の支部長なども多い\(^o^)/のは,これまでの企業別労働組合にない組織文化を実証していると思っています。

引用(2)***
 組合員の出入り自由の個人加盟ユニオンは,組合員を,その自発的な意志によってだけつなぎ止めることができる。そのためには指令動員型ではなく,参加型の組合であることが不可欠である。その保障が,今や誰でも手にすることができる「弱者のツール」,IT技術の活用だろう。メールはもちろん,サイトやブログ,ミクシィを活用して運動が進んでいる。情報を共有しながら,家父長制と無縁なフラットな人間関係と自由なコミュニケーションという新しいユニオン文化を形成する可能性をもっている。そのユニオン文化がまた上下の関係性が薄く横に広がる組織と運動を支えていることにもなっている。
***

 自発的,指令動員型,参加型,メール,サイト,ブログ,ミクシィ,フラットという語句の使い方は,まったく同感です。そして,この本では,「家父長制」と書いてありますが,もっと踏み込んで,「パターナリズム」とした方がいいと思いました。

 パターナリズムとは,父親主義ということです。父権を持った父親が,自分がよかれと思うことを子どもの意思にかかわらず押し付けるような,温情的な強要,オブラートに包んだ強制という意味です。

 たとえば,医師が患者に対して,十分な説明をせずに,治療方針を決定してしまうことです。現在では,インフォームドコンセント(十分な説明と納得)が重視されています。

 また,若い組合員が本当に「格差是正」を要求しているかどうかにかかわらず,組合執行部がそれを重点要求にして,若者のためと称してとりあげたり,ジェネレーション・ギャップに関する対策として利用するようなことです。組合内の十分な討議が前提にないと,そして,若者に「実態は要求の押し付けだ」と感じ取られてしまうと,運動が形だけになってしまうのではないでしょうか。

 父親の押しつけが厄介なところは,父親自身は「押し付けている」とはまったく考えてもいないところにあります。そして,子どもは「もうたくさんだ」と思って,父親とは口も聞かないという,ジェネレーション・ギャップが生じてしまうのです。

 組合内のジェネレーション・ギャップが問題になるのなら,どうしてギャップができてしまうのか,そこを見る必要があると思います。そこには,むろん,経営の側の意図 (若者と中高年の間に楔を入れたい) もあるでしょうが,組合の側の検討もないと,問題の解決は見えてこないと思います。

 さて,それはそれとして ¥(^^¥) (/^^)/ 
ミクシィとの関連で言えば,その中に,私たちユニオンのコミュニティを設定して,サイト,労働相談のリンクを設定して誘導するコースをつくってはどうでしょうか。

 ということで,6章のハイライト部分を紹介しました。この本は,6章と5章を終わって,今は1章から読んでいますが,長いですから,ちょっとたいへんですね(^ ^;;

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2007年9月28日 (金)

Jポップとオリコン訴訟

 今,オリコン訴訟を闘っている烏賀陽(うがや)弘道さんが書いた『Jポップとは何か』(岩波新書)を読み終わりまして,『Jポップの心象風景』(文春新書)を読み始めたところです。日本の最近の音楽産業に対する洞察と批判的な分析はなかなかのものです。サミット時の政治との密着など,目からウロコの指摘もいくつかありました。オリコンなんかの会社が目障りなヤツだと警戒するわけがよく分かりました。

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