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2007年12月14日 (金)

普通の人(ひと)度と,組合員度

 労働組合の活動を長くしている人は,えてして,独自の組合用語をたくさん身につけています。つまり,「組合員度」が高くなるわけです。そして,それが,その人の権威となったりすることがあります。

 こうした「組合員度」は,年齢とともに高くなる傾向が強いので,しばしば家父長的な権威に結びつきます。そして,「この運動は社会のためだよ」というような,パターナリズムにも陥っていきます。パターナリズムとは,直訳すれば,「父親主義」です。意味としては,一般に父親の押し付けてくる,善意であろうとも,ひどくやっかいな,いらぬお節介をあらわしています。「父権的干渉主義」「家父長的温情主義」などといった感じです。良かれと思ってやっているのに」「…のためを思って言っているのに」というような場合,パターナリズムの疑いがあります。

 労働組合で言うならば,上の立場にある組合役員が,一般組合員に対して,万人のためとか,みんなの利益になるからとして,きちんと討議もしないまま,その意志に反してでも,行動だけを強要したりするようなことです。こんな感じで,個人の自由に介入・干渉された経験はありませんか。抽象的な「万人」「社会」のためというのは,僕は好きではありません。

 家父長的なパターナリズムによる組合運動は,自分の勲章のための運動です。勲章というのは,自分の外側に付けるお飾りなんですね。わが身が安全な限り,高い「組合員度」を自慢して,労働組合の「長」(分会長,書記長,委員長などなど)を続けたりします。しかし,いったん状況が厳しくなるや,お飾りなんかは捨ててしまい,はやばやと組合を脱退して会社の昇進レールに乗っていった,元組合役員の実例は,その典型的な例でした。外側に付けるお飾りの勲章は,都合が悪くなれば,いつでもはずしてしまうことができるのです。

 いろいろな課題が「自分自身にとってどうなんだ」という位置づけがないままに,身につけた組合用語で飾りたて,「万人のため」とか「社会のため」とか,抽象的な「○○のため」などと称して,組合員に動員や号令をかけるような上からの「組合運動」を,見たり感じたことはありませんか。自分にとってどうか,そこは大切だと思います。外側のお飾りでない運動,自分の生き方でもある関わり,そうしたものがいちばん大事だと思います。

 労働組合の運動は,特別な用語を身につけないと出来ないというものでは決してありません。個人加盟ユニオンは,水平な組織にしたいものです。自分の頭で考え,自分の言葉で語ること,そして,普通の言葉をなくさず,「普通の人度」の高い言葉を大切にしたいものです。組合員の中では,なるべく同じ情報を共有し,組合員同士の水平の関係を大事にしていきたいものです。水平な関係というのは,家父長的な上下関係とは相容れません。

 経験の長い組合員は,善意でパターナリズムに陥ることもあります。お互いに率直に批判できる関係ができると,いちばん良いと思います。そういう組織がフラットだと思います。
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昨日(12月15日)関西プレ討論集会がありました。そこで,ちょっと思ったことです。

 中高年の組合員が多く,そこが中心的な役割を果たしていて,若手の結集に腐心している労働組合が,賃金のもぐり込みを解消していくための「格差是正」要求をおもな課題にしたり,賃貸住宅に入っている人の「家賃補助」を要求したりすることは,めずらしいことではありません。

 そういう若手向けの要求には,要求自体を獲得したいという意図ももちろんあるでしょうが,要求の中に,

①組織拡大や,若手の結集といった組織上の意図,
②多数の若手の要求は,このあたりにあるはずだと言った善意,

も,紛れ込んでいます。

 どんな要求でも,要求の背後には,別の意図もあるはずで,そういうことは,気にする必要はないということでしょうか。どうなんでしょうか。
 要求自体の意義に,どれくらい他の要素が紛れ込んでいるかという,紛れ込みの「程度」の問題なんでしょうか。

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